裏磐梯スキー場の頂上からスノーシューを履いて小磐梯山の懐にあるイェロー・フォールを目指して歩き始める

 深田久弥は「日本百名山」での磐梯山の一節で次のように述べています。

 明治21年(1888年)7月15日の朝、磐梯山は大爆発をした。噴上げた濃い灰のため、暫らくは四方暗黒、遠くから眺めると、柱状をなした煙の高さは磐梯山の三,四倍に達した。やがてその煙は傘のように拡がって、大空を覆ったという。
 爆発の箇所は、主峰の北にあった小磐梯山で、その山形はは吹っ飛び、溶岩は北に向かって流れた。檜原村(ひばらむら)の部落はその下に埋没し、死傷五百余人、斃れた牛馬は五十七、被害反別は一万三十二町に及んだ。山北数里の地は変じて高原となり、川が堰かれて幾つかの湖を生じた。
そのために今まで顧みられなかった土地が裏磐梯という名称をもった観光地となり、国立公園に数えられるほど著名になった。

 裏磐梯は磐梯山の登山などでこの数年何回も訪れているなじみの高原ですが、冬期には一度も訪れていませんでした。昨年(平成20年)の春先、蔵王温泉にスノーシューに出かけた折に一緒になったグループの方から裏磐梯のスノーシューも大変素晴らしいと聞き及んで、早速その年の7月に雄国沼のニッコウキスゲ鑑賞かたがた裏磐梯猫魔ホテルの東京駅八重洲口からのシャトル・バスを利用して視察に行ってきました。

 温泉大浴場を備えたホテルの施設も大変清潔で、往復のシャトル・バス料金込みの宿泊料も1泊2食付で16,800円という廉価プランが気にいりましたので、早速今年は裏磐梯スノーシューイングを試してみることにしました。幸い今年はご近所のTdさんとNkさんも合流して下さることになり、生憎のスッキリしない天候にも拘わらず賑やかな楽しい旅となりました。