磐梯山登山


裏磐梯高原の五色沼の一つ毘沙門沼から臨む磐梯山の雄姿

 2月以来風邪を長引かせたり、6月末には突如ギックリ腰になったりして、すっかり日頃の鍛錬を怠ってきました。その一方ではウォーキングも出来ない日が続いたため、思いっきり山を歩きたいという思いも募ってきました。しかしながらこのような状態では余り無理な計画も建てられず、適当に易しいが頂上に立った時の眺望と達成感が得られるような都合の良い候補地を探していました。

 この条件に適った山の一つとして百名山の一つである会津の磐梯山が浮かび上がりました。磐梯山への登山道は表磐梯からと裏磐梯からの数ルートがありますが、磐梯山ゴールドラインを利用して車でその最高地点の八方台まで辿り着き、そこから歩き出すのが一番易しいということです。山頂の標高が1,819mで八方台登山口の高さが1,194mですから、標高差は僅か625mです。登山ガイド書によると、登り約2時間下り1時間半の合計3時間半とありますので、小生と家内の足でしたら5時間位掛ければ楽に行けるのではないかと計画を建ててみました。幸い、NYにいる娘がその時期2年ぶりに帰国し、一緒にその登山計画に合流したいと言うので、今回は久し振りの親子3人の山行が実現することとなりました。

 深田久弥は「日本百名山」でこの山のことを次のように述べています。
明治21年(1888年)7月15日の朝、磐梯山は大爆発をした。噴上げた濃い灰のため、暫らくは四方暗黒、遠くから眺めると、柱状をなした煙の高さは磐梯山の三,四倍に達した。やがてその煙は傘のように拡がって、大空を覆ったという。
 爆発の箇所は、主峰の北にあった小磐梯山で、その山形はは吹っ飛び、溶岩は北に向かって流れた。檜原村(ひばらむら)の部落はその下に埋没し、死傷五百余人、斃れた牛馬は五十七、被害反別は一万三十二町に及んだ。山北数里の地は変じて高原となり、川が堰かれて幾つかの湖を生じた。
そのために今まで顧みられなかった土地が裏磐梯という名称をもった観光地となり、国立公園に数えられるほど著名になった。

 その観光地の中にある裏磐梯高原ホテルに運よく予約がとれ、今回の磐梯山登山の基地として利用することになった。皇太子夫妻などの皇族がよく利用する名門ホテルで設備も良いし、抜群のロケーションにあり、サービスも食事もスマートな割りに1泊2食付で一人の宿泊料が11,000円という割安の料金で予約が取れたのは夏休み直前というタイミングの所為だったかもしれません。