江戸古地図ウォーキング:両国界隈

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両国界隈のウォーク旅程

9月の中旬はまだ蒸し暑い天候が続きほゞ4㎞のウォーキングは少々身に応えた。

江戸古地図ウォーキング・シリーズの最初としては、この両国界隈は明暦の大火を契機にして両国橋の架設や御三家屋敷の江戸城外転出など 江戸幕府の都市改造の契機となった場所として意義があると思われた。

今回のツアーのガイドの先生は『中央義士会』の関係者とあって、忠臣蔵関係の詳しい話を聞くことが出来た。

平成28年9月12日(月)

  • 06:00 起床
  • 07:00 朝食をゆっくり摂る      
  • 07:45 家内の車で駅へ向かう
  • 07:58 土気駅発の普通電車に乗る
  • 08:20 千葉駅着 (5番線)
  • 08:25 千葉駅発 総武線快速電車に乗る(6番線)
  • 08:59 錦糸町駅着 中野行普通電車に乗り換える
  • 09:08 浅草橋駅着
  • 09:30 浅草橋駅東口階段下で集合し出発
  • 09:20 神田川の橋のたもとの浅草見附公園着
  • 09:40 柳橋に到着 船宿小松屋さんの説明を聞く
  • 10:30 両国広小路着
  • 10:40 薬研堀を通る
  • 10:50 薬研堀不動尊着    
  • 11:00 両国橋を渡り、両国橋公園で小休止
  • 11:30 吉良邸跡に到着
  • 12:10 両国公園(勝海舟誕生の地)到着し、昼食
  • 12:40 両国公園出発
  • 12:50 回向院到着
  • 13:10 両国国技館前通過
  • 12:20 旧安田庭園内散策
  • 14:00 両国駅着、解散
    

江戸時代のちょっとした情報

江戸の古地図:最古のものは寛永9年(1632年)成立といわれる『武州豊嶋郡江戸庄図』(俗称寛永図)で、以後実測をもとに作られた『寛文五枚図』『江戸方角安見図』 『江戸図正方鑑』『分道江戸図』『分間江戸図』などが残って いる。

江戸幕府の都計画:家康入府の頃の江戸は葦だらけの湿地であったので、人工水路(掘割)の建設とそれらに架かる橋の築造に主眼がおかれ、江戸城の整備は後回しにされていた。

大名の4種類の屋敷:「上屋敷」は大名家の当主の江戸に於ける本拠地で管理事務所、邸宅、職員宅等にあてられた。「中屋敷」は大名の世継ぎや親やそれぞれの奥の住居。「下屋敷」は 火災都市江戸の避難所、別荘、保養所や野菜などの自給場所として利用された。「蔵屋敷」は大川沿いに多く作られ、大名家の本国から船で運ばれてきた物産の貯蔵や直販するための施設。勿論、販売等の実務は商人 に握られていた。

繁栄した江戸四宿:日本橋から最初の継立駅のことを江戸四宿と言って街道ごとに品川(東海道)、板橋(中山道)、千住(日光・奥州道中)、高井戸後に内藤新宿(甲州道中)があった。

  

ウォーキングの写真

写真をクリックすると、拡大写真が現れ、スライド・ショウにして見ることも出来ます。

浅草橋駅
浅草橋駅東口から出発
浅草見附
浅草見附
 
郡代屋敷跡
郡代屋敷跡
神田川
神田川
    
柳橋
神田川に架かる柳橋
 
柳橋
隅田川の合流直前に架かる柳橋
柳橋
柳橋は江戸中期からの花街であった
    
柳橋を詠んだ子規
柳橋を詠んだ子規の句
 
船宿小松
船宿小松での説明
隅田川との合流点
柳橋は隅田川との合流点
    
亀清楼
横綱審議会の亀清楼
 
両国広小路
両国広小路
 
薬研堀
薬研堀不動尊
両国橋
両国橋と人通り
    
両国橋
両国橋の人通り
  
赤穂浪士休息の場所
赤穂浪士休息場所
 
春日野部屋
春日野部屋
 
式守伊之助宅
式守伊之助宅
井筒部屋
井筒部屋
    
前原伊助の米屋
前原伊助の米屋
吉良邸
吉良邸
  
吉良上野介像
吉良上野介像
 
吉良邸表門
吉良邸表門
 
勝海舟生誕の地
勝海舟生誕の地
松坂町道標
松坂町道標
    
回向院
回向院
 
明暦大火死者供養石塔
院明暦大火死者供養石塔
 
力塚
回向院力塚
    
国技館
国技館
 
旧安田庭園
旧安田庭園

ウォーキングの動画