江戸古地図巡り:神田川クルージング

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クルーズ航路地図(株式会社ジール作成)

神田川クルーズ旅程

江戸古地図ウォーキング・シリーズの4回目としては、江戸時代の防災、防御、物流に係る水運都市計画の元となった神田川、日本橋川、及び小名木川を巡る大変興味深いクルーズとなりました。

平成28年10月29日(土)

  • 06:00 起床
  • 07:00 朝食をゆっくり摂る      
  • 07:45 家内の車で駅へ向かう
  • 07:58 土気駅発の普通電車に乗る
  • 08:20 千葉駅着 (5番線)
  • 08:25 千葉駅発 総武線快速電車に
         乗る(6番線)
  • 09:04 新日本橋駅着
  • 09:20 徒歩で日本橋着
  • 09:50 日本橋船着き場に集合
  • 10:00 日本橋船着出航
  • 10:05 茅場橋に到着
  • 10:08 日本橋水門より亀島川に入る
  • 10:12 隅田川に出る
  • 10:22 永代橋を通過   
  • 10:30 清洲橋を通過後、小名木川
         に入る
  • 10:45 小名木川から再度隅田川へ
  • 10:50 両国橋を通過後、神田川に
         入る
  • 10:55 柳橋の小松屋で一服
  • 11:20 秋葉原を通過
  • 11:30 御茶ノ水の聖橋通過
  • 11:35 後楽橋の通過後、日本橋川
         に入る
  • 11:40 一ツ橋を通過
  • 11:45 神田橋を通過
  • 12:10 日本橋船着き場に帰着・解散
    

江戸時代のちょっとした情報

神田川と日本橋川な成り立ち:
家康入府の当時は現在の神田川の主流は井之頭池を水源とする平川と言われており、小石川から現在の日比谷辺りまで入り込んでいた江戸湾に注いでいた。

徳川2代将軍秀忠の元和年間(1620年頃)に江戸城とその周辺の水害を防止する目的で幕府は天下普請の名のもとに駿河台を堀割って神田放水路を通して平川を隅田川に直接放流するようにし、 小石川と堀留までを埋め立てて元の平川の水流が日比谷入り江に流れないようにしたため現在の神田川が出来た。

しかし明治の終わり1903年に再びこの区間が開削され日本橋川となり神田川の本流と繋がることになった。

   

小名木川:
1590年、豊臣秀吉の命令で徳川家康が関東に移封されて江戸に入った折に最初に着手したのは行徳の塩を江戸城に輸送するための沿海運河小名木川の造成であったと言われている。小名木川で興味あることの一つは扇橋閘門(おおぎばしこうもん)というパナマ運河と同じ方式の水門の存在でした。

柳橋小松屋主人の歓迎の小唄

クルージングの写真

写真をクリックすると、拡大写真が現れ、スライド・ショウにして見ることも出来ます。

日本橋
日本橋の銀座側のたもと
日本橋
船乗場から見た日本橋
 神田川を出航
神田川を出航
茅場橋
茅場橋
    
日本橋水門
日本橋水門
    
霊岸橋
霊岸橋
 
亀島川の芦
亀島川の芦
隅田川に合流
隅田川に合流
 
亀島川水門
亀島川水門
 
中央大橋
中央大橋
 
永代橋
永代橋
 
清州橋
清州橋
芭蕉像
展望台の芭蕉像
 
万年橋
万年橋
新高橋
新高橋
大横川交差点
大横川交差点
清州橋
隅田川に戻って清州橋
新大橋
新大橋
首都高速道路橋
首都高速道路橋
両国橋
両国橋
柳橋
柳橋

浅草橋
秋葉原JR線
秋葉原JR線
万世橋
万世橋
旧万世橋駅
旧万世橋駅
昌平橋
昌平橋
 
聖橋
聖橋
御茶ノ水橋
御茶ノ水橋と駅
 
神田上水掛樋跡
神田上水掛樋跡
後楽橋
後楽橋
日本橋川への分岐点
日本橋川への分岐点
古い鉄道橋
古い鉄道橋
堀留橋
堀留橋
一ツ橋
一ツ橋
古い石垣
古い石垣
鎌倉橋
鎌倉橋
鉄道橋
鉄道橋
常盤橋
常盤橋
一石橋
一石橋
日本橋
日本橋

クルージングの動画