筆者の旅の行程

平成25年10月18日(金)

小松空港から金沢市内の芭蕉縁の寺社廻りの写真説明

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妙立寺
妙立寺

加賀百万石の祈願所として建てられた寺で、寺町に多くの寺を集めてそれ等の監視所の役目を果たしていた。 初代藩主の前田利家公より日蓮宗・法華経を藩の政治理念にしていた。

妙立寺の屋根
妙立寺の屋根

見上げるような屋根、望楼、多くの隠し階段、切腹の間等、 数々の仕掛けがあるので、忍者寺とも呼ばれている。然し、これは忍者とは関係なく藩主参詣の折の護衛の為だという。

  願念寺の山門と芭蕉句碑
願念寺の山門と芭蕉句碑

この寺は小杉一笑の菩提寺で、前年死亡した一笑の追善句会が開かれた所。芭蕉はその折
 塚も動け わが泣く声は 秋の風
の句を詠んだ。

願念寺の境内の一笑塚
願念寺の境内の一笑塚

一笑は金沢句会の中心人物で、芭蕉は逢うのを楽しみにしていたが、 前年秋に死亡していた。芭蕉の句はその落胆の大きさがよく表されている。

本長寺
本長寺

妙立寺と同じ通りで隣に本長寺があり、境内に芭蕉の句碑があった。 この句は元禄6年に詠まれたもので、当所での吟ではない。真蹟自画賛と続猿蓑に掲載されている。 長い冬が過ぎ去って、梅が咲き始めた。それだけでも十分春を喜ぶのだが、加えて月も出た。

本長寺境内の芭蕉句碑
本長寺境内の芭蕉句碑

妙立寺と同じ通りで隣に本長寺があり、境内に芭蕉の句碑があった。
   春もやや 気色ととのふ 月と梅

成学寺
成学寺

この寺は25号線の交差点を渡り、蛤坂を少し下がった左側にあり、 境内に宝暦5年(1755)建立の芭蕉の句碑があった。

本長寺境内の芭蕉句碑
成学寺境内の芭蕉句碑

この句碑は宝暦5年(1755)建立ということで大変古いので句は判読できない。
   あかあかと 日は難面も あきの風

長久寺
長久寺

この寺は25号線の交差点に戻り、南に寺町5丁目の交差点を少し通り過ぎた左側にある。 境内に昭和63年(1988)建立の芭蕉の句碑があった。また樹齢400年近くになる大きな銀木犀があった。

長久寺境内の芭蕉句碑
長久寺境内の芭蕉句碑

この句は曽良の随行日記には犀川のほとりにあった一泉の松幻庵での句会で詠んだとされているので、 この場所の近くで詠んだようだ。
  秋涼し 手毎(てごと) にむけや 瓜茄子(うりなすび)  

兼六園内の兼六亭
兼六園内の兼六亭

私達は12:15兼六園に到着し、園内にある兼六亭で昼食を摂った。その後1時間程園内を散策した。

兼六園内の芭蕉句碑
兼六園内の芭蕉句碑

兼六園内の東北隅にある山崎山の麓に芭蕉句碑がある。
 あかあかと 日は 難面(つれな) くも あきの風 

金沢市片町交差点
金沢市片町交差点

芭蕉の金沢での最初の宿は浅野川に架かる中島橋 近くの京屋吉兵衛の旅籠であったが、2日目からはこの片町の竹雀の営む片町の宮竹屋に移り、 24日の朝まで8日間滞在したとも言われている。

芭蕉の辻
芭蕉の辻

金沢市片町交差点には芭蕉の泊まった宮竹屋に因んで『芭蕉の辻』という石碑が建てられている。 芭蕉の2日目からの宿泊地は或いは竹雀の郊外川原町の別宅とも言われている。

金石の本龍寺
金石の本龍寺

金石の本龍寺は浄土真宗大谷派の古刹で,芭蕉は金沢滞在中、 地元の俳人雲口の案内で宮の越(今の金石)を訪れ、句を読んでいる。 宮腰港は北前船の中継港であったが、江戸時代、銭屋五兵衛はその北前船で莫大な財をなした。 境内にはその銭谷五兵衛の墓もある。

本龍寺境内の芭蕉句碑
本龍寺境内の芭蕉句碑

漁師の女房が亭主の釣ってきた新鮮な小鯛を柳の枝に挿していた涼しげな漁師の家を詠んだ。
 小鯛さす 柳すずしや 海士が軒
『曾良書留』によれば、元禄2年7月12日『奥の細道』旅中、越後西頸城郡の海辺にて詠んだという説もある。

小坂神社
小坂神社

卯辰山の麓のこの神社に芭蕉は参詣、神社北側にあった谷合いで舟遊びをし、句会まで開いたと伝えられている。

小坂神社の芭蕉翁巡錫の碑
小坂神社の芭蕉翁巡錫の碑

小坂神社の参道石段の中程に俳人塩田紅果の筆で芭蕉翁巡錫地と刻まれた碑が建っている。

心蓮社
心蓮社

卯辰山の麓にある浄土宗の古刹で境内に加賀蕉門十哲の一人で金沢から松岡の天龍寺まで芭蕉のお供をした 立花北枝の墓と句碑がある。

立花北枝の句碑
立花北枝の句碑

  しぐれねば 又松風の 只おかず 北枝
時雨が来ると淋しい。来なければいいと思っていたら時雨は無かったが、かわりに松の風が淋しくないて、 初冬の悲しさは避けられないようだ。

宝泉寺へ登る石段
宝泉寺へ登る石段

卯辰山の中腹にある宝泉寺は『ひがし茶屋』の先から子来坂を登り、最後にこの石段を登らなければならない。

芭蕉句碑
芭蕉句碑

  ちる柳 あるじも我も 鐘をきく
芭蕉の句碑は石段を登った直ぐの左側にひっそりと建っていた。

宝泉寺
宝泉寺

卯辰山の中腹にある宝泉寺は加賀藩祖前田利家公の守護神「摩利支天」を本尊とする高野山真言宗の寺。 境内には泉鏡花の短編『五本松』の舞台となったご神木の「五本松」がある。

宝泉寺から金沢市街の展望
宝泉寺から金沢市街の展望

卯辰山の中腹にある宝泉寺から金沢市街の展望は芥川龍之介やドナルド・キーンが 『金沢一の落陽』 と絶賛したように誠に素晴らしい。 芭蕉が金沢に入る時渡った浅野川の流も眼下に見える。

ひがし茶屋の街並
ひがし茶屋の街並

卯辰山の子来坂を降りるともうそこは風情のある 『ひがし茶屋』でした。

金沢マンテン・ホテルの夕食
金沢マンテン・ホテルの夕食

越前蟹の料理は美味しかったが、食べるには手間がかかって食事中の会話が弾まない。

筆者の金沢市内の見学ルート地図

地図は拡大・縮小出来ます。ドラッグして移動も出来ます。地形図指定で3D表示も出来ます。 赤アイコンは芭蕉の宿泊地です。青線は筆者の辿ったルートです。

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