医王寺の義経と並ぶ佐藤兄弟の石像

医王寺の義経と並ぶ佐藤兄弟の石像

笈も太刀も 五月にかざれ 帋幟

筆者の参加したツアーでは月の輪の渡しのあと飯坂温泉に泊まったが、芭蕉一行はその日のうちに佐藤元治の旧居で現在は大鳥城址に向かい、 その足で佐藤一族の墓がある医王寺を訪ねている。 飯坂温泉にはその後で泊まっている。その夜は貧弱な宿で眠られずに、翌日は馬で桑折を通って伊達の大木戸に向かっている。

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芭蕉の奥の細道へ5月2日の旅

佐藤庄司が旧跡は左の山際一里半ばかりにあり。飯塚の里 鯖野 ( さばの ) と聞きて、尋ね尋ね行くに、 丸山といふに尋ねあたる。これが庄司が旧館なり。麓に大手の跡など、人の教ふるにまかせて涙を落とし、又かたはらの古寺に一家の石碑を残す。中にも、二人の嫁がしるし、まずあはれなり。女なれどもかひがいしき名の世に聞こえつものかなと袂をぬらしぬ。堕涙の石碑も遠きにあらず。寺に入りて茶を乞えば、ここに義経の太刀、弁慶の笈をとどめて什物とす。

(おい)太刀(たち)も  五月(さつき)にかざれ 紙幟(かみのぼり)

ー 中略 −

短夜の空もようよう明くれば、又旅立ちぬ。なほ夜のなごり、心進まず、馬借りて桑折(こおり)の駅に出る。

ー 中略 −

気力聊かとり直し、路縦横に踏んで伊達の大木戸を越す。。

 

芭蕉の奥の細道:5月3日の旅

翌日、旧暦五月三日、芭蕉は飯坂温泉の酷い宿で持病までおこし眠られないままに宿を発った。あまりの疲労の為、この日は馬をかり、桑折の宿場を経て伊達の大木戸に向かった。大木戸を越える福島県から宮城県にはいる。

然し、芭蕉が前日飯坂温泉に宿を取る前に廻っ佐藤元治一族の居城であった庄司の館、現在では丸山または館山の大鳥城址と更に医王寺にある同一族の墓所を訪ねることか始める。

筆者の第七回目のツアー2日目:

平成24年4月12日(水)の行程

 

芭蕉の足跡を訪ねての雑感:

奥の細道はもともと芭蕉の歌枕を尋ねた紀行文と言われて全編に芭蕉の懐古趣味が満ち溢れていますが、この区間では特に芭蕉の義経並びにその関係者に対する深い思い入れが感じられました。

佐藤一族の遺品に接してあからさまに涙を流して感激している様には芭蕉が本当に義経がすきなんだなあと思いました。筆者自身も義経に対する同情の念を禁じえませんでした。

佐藤継信と言えば昨年四国お遍路巡拝の折、八十四番札所屋島寺から壇ノ浦の古戦場に下ってゆく道すがらに佐藤継信の立派な墓所に参拝しました。義経の盾となって殉職した継信の忠義な行動がここでも人々に慕われた様子が判りました。

  佐藤継信の墓ー壇ノ浦

阿津賀志山防塁跡は奥の細道には触れられていませんが、藤原氏の平泉と義経を守ろうとして意気込みが蘇えってくる思いでした。

飯坂温泉の宿に対する芭蕉の酷評は旅の辛さを強調するための芭蕉の文学的技法であるという何人かの評論家の説に賛成します。桑折の法圓寺の住職はここで本当に陸奥の国に入り込んで行こうと決心したのではないかと言っていました。

芭蕉の足跡を訪ねて長兵衛が詠む:

 春まだき つわものどもの 夢のあと

 春雨に 濡れて歩けり 大木戸や

 旧道の 冬枯れ模様 あわれなり

 防護塁 つわものどもの 春の意気

 

第七回のツアー2日目:
飯坂温泉より伊達の大木戸へのルート地図

飯坂温泉駅前の芭蕉像福島交通の飯坂温泉駅前に建つ芭蕉像

 

飯坂温泉

飯坂温泉

 

芭蕉が入ったという鯖湖湯芭蕉が入ったという飯坂温泉の鯖湖湯共同浴場
奥の細道には”場所は飯塚の里鯖野と聞いて…”とある

 

飯坂温泉・芭蕉ゆかりの石碑飯坂温泉摺上川の畔にある 芭蕉ゆかりの石碑
"その夜飯塚にとまる。湯泉あれば湯に入りて…”とある

 

大鳥城址佐藤元治の旧跡、大鳥城址
佐藤庄司が旧跡は左の山際1里半ばかりにあり

 

大鳥城址から臨む飯坂の町大鳥城址から俯瞰した飯塚の町

   春まだき つわものどもの 夢のあと

大鳥城址に設置されている線量計大鳥城址に設置されている線量計
1.096μsv/hと出ていた

芭蕉坂芭蕉坂
佐藤一族の菩提寺の医王寺を尋ねた折登ったとされる

 

医王寺

佐藤一族の菩提寺の医王寺の山門

医王寺にある芭蕉の句碑

医王寺境内にある芭蕉の句碑

(おい)太刀(たち)五月(さつき) にかざれ紙幟(かみのぼり)

 

義経と佐藤兄弟の石像医王寺境内にある義経と佐藤兄弟の石像
中央が義経、右が兄の佐藤継信、左が弟佐藤忠信

 

佐藤兄弟の墓

医王寺境内の一番奥にある佐藤兄弟の墓

 

旧伊達郡役所桑折(こおり)の中心にある旧伊達郡役所
”夜の余波、こころ進まず、馬かりて桑折の駅に出づる”

法圓寺桑折町にある法圓寺
法圓路寺の境内に田植え塚がある

郷桑折(こおり)町の研修センタ”うぶかの郷”
ここで昼食をとる

 

奥州街道長坂への入口バスを降りて雨の中、旧奥州街道跡や防塁跡に向かう

長坂説明板奥州街道の国見峠へ登る長坂の説明板

奥州街道長坂旧奥州街道の国見峠へ登る長坂

阿津賀志山防塁の説明板阿津賀志山防塁の説明板

 

阿津賀志山防塁阿津賀志山防塁

 

伊達大木戸奥州街道(国道4号線)から大木戸跡への入口
奥の細道の福島での最後に”伊達の大木戸を越す”とある
大木戸の跡は今は住宅となって何も痕跡はないとのこと