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芭蕉の奥の細道へ5月1日の旅

等窮(とうきゅう) が宅を出でて、五里ばかり、桧皮(ひわだ)の宿を離れて、浅香山あり。 路より近し。この辺り沼多し。

かつみ刈る頃もやや近うなれば、「いづれの草を花かつみとはいふぞ。」と人々に尋ね侍れども、 更に知る人なし。沼を尋ね、人に問ひ、かつみかつぃみと尋ねありきて、日は山の端にかかりぬ、二本松より右にきれて、黒塚の岩屋一見し、福島に宿る。

 

奥の細道には触れられていませんが、曽良の随行日記によると二人は郡山に一泊し、旧暦5月1日に奥州街道を北上して大和物語に:
 「浅香山 影さえ見ゆる 山の井の
  あさく は人を思うものかは」
と悲恋の歌として知られている歌枕の地の浅香山(現在安積山公園)の辺りを通り、その一帯の沼地で古今和歌集に出てくる:
「陸奥の 安積の沼の花がつみ かつ見
 る人に恋ひやわたらむ」の歌を思い出して、そのアヤメの一種の「かつみ」という草を探し廻ったが見つからず、夕暮れが迫ったので、 二本松の黒塚の岩屋を訪れた後、その日は福島の里に泊まった。
 奥の細道には黒塚での詳細も句も残していないのは、拾遺集に出てくる鬼婆の伝説にはそれほど興味を示さなかったのか、 鬼婆の怨霊を恐れて見ぬふりをしたのかもしれない。
 それにしてもこの日、芭蕉は郡山から福島まで12里余り約50kmを歩いているのは筆者の四国お遍路の経験から言っても驚くべき体力である。

芭蕉の奥の細道:5月2日の旅

あくれば、しのぶもじ摺(もじすり)の石を尋ねて、忍ぶの里に行く。遥か山陰の小里に石半ば埋もれてあり。 里の童の来りて教えける、「むかしはこの山の上に侍りけりしを、 往来の人の麦草をあらしてこの石を試み侍るをにくみて、この谷につき落とせば、石の面下ざまにふしたり。」といふ。さもあるべき事にや。

早苗とる 手もとや 昔しのぶ摺

 

翌日、旧暦五月二日、二人は信夫の里に文知摺石を見に行った。石は半ば地中に埋もれていた。これは昔麦が荒らされるので村人がこの谷につき落としたという。
この信夫の里は古今集に載っている源融(みなもとのとおる) の詠んだ:
 「みちのくのしのぶもじずり誰ゆゑに  乱れそめにしわれならなくに」
で歌枕となっている。
芭蕉の句は早苗を植える手つきを見ると、昔のしのぶ摺の手つきがあのようであったろうと偲ばれると言っている。

月の輪わたしを越えて、瀬の上という宿に出づ。

‐ 中略 −

その夜、飯塚にとまる。湯泉あれば湯に入りて宿を借るに、土坐に筵敷きて、あやしき貧家なり。灯もなければ、ゐろりの火かげに寝所を設けて臥す。

夜に入りて、雷鳴り雨しきりに降りて、臥せるうえよりもり、蚤・蚊にせせられて眠らず、持病さえ起こりて消え入ばかりになん。

筆者の第七回目のツアーの行程: 平成24年4月10日(火)

芭蕉の足跡を訪ねて長兵衛が詠む:

 東風吹けど 花かつみには 遅き山

 黒塚は 雪解け水の 川の端

 春まだき 信夫の里や 苔の岩

 福寿草 僧の熱弁 文知摺り

 阿武隈や 雪解け集め 夢舞台

第七回目のツアー:
郡山より飯坂温泉へのルート地図

安積山公園

安積山公園

曽良随行日記に曰く、町はずれ五六町程過ぎて、あさか山あり。一里塚のきは也。

安積山公園の登り

安積山を登るツアー一行

右の方にある小山也。あさかの沼、左の方谷な也。


花かつみ説明板

安積公園内のハナカツミの説明板

芭蕉が「かつみかつみ」と尋ね歩いた花かつみはアヤメ科の草花で、奥の細道を記念して地元のひわだ推進会が公園内に植栽した。


花かつみタイル

花かつみのタイル画

花かつみの時期には少々早かったので本物の花かつみは見られなかったが、公園内のトイレの壁にタイル画として見つけることが出来た。

 

安達太良山

雪を戴いた安達太良山(右奥の山)

安達太良山は千恵子抄に出てくる山で、二本松には高村千恵子の生家があるが、残念ながら今回そこを訪れることはなかった。

春鏡塚

亀谷(かまがい)観音堂敷地内にある芭蕉の
句碑、春鐘塚

     人も見ぬ 春や鏡の 裏の梅

二本松観光センター昼食のために立寄った二本松観光センター

この観光センターは明治の戊辰戦争で戦死した二本松少年隊の記念館にもなっている。大燐寺には少年隊の墓もある

うどんすきランチ昼食のうどんすき


大燐寺

二本松観光センターの向かい側の高台にある大燐寺

 

二本松歴代藩主の墓

大燐寺境内にある歴代の二本松藩主の墓

 

黒塚観世寺黒塚観世寺の門

 

黒塚の岩屋

黒塚観世寺の境内にある巨岩・怪岩

 

岩屋の前で巨岩の1つ「芭蕉の休み石」で休む筆者


黒塚伝説の鬼婆が埋められていると言われている黒塚
黒塚観世寺の境内の外、阿武隈川の河原にあった

文知摺観音堂信夫(しのぶ)文知摺(もちずり)観音堂

 

 

芭蕉の石碑文知摺観音堂境内にある芭蕉句碑

早苗とる 手もとや 昔しのぶ摺



文知摺石文知摺観音堂境内にある文知摺石

多宝塔文知摺観音堂境内にある多宝塔

源融と虎女の墓文知摺観音堂境内にある源融と虎姫の墓

 

 

月の輪渡し跡月の輪渡し跡の記念碑

月の輪の渡しを越えて、瀬の上という宿に出ず

 

阿武隈川当時の月の輪渡し跡より西に移動した阿武隈川

 

飯坂温泉プラザホテル吾妻今夜の泊りの飯坂温泉のプラザホテル吾妻