札所の紹介

帰宅後、各札所に就いて色々な人に教えて頂いたことや、その他の情報を以下のように纏めてみました。

    臨済宗妙心寺派 開基/弘法大師   御本尊/薬師如来 

    開基当時は少林山・高福寺と号し真言宗でした。
      その後鎌倉時代に運慶(うんけい)とその子湛慶(たんけい)が
      訪れ本尊薬師如来、脇士の月光菩薩、日光菩薩を刻み慶雲寺
      と改めました。
      その後、荒廃しましたが、長曽我部元親が援助し、月峰上人が
      再興し、元親の宗派である臨済宗に改宗し雪蹊寺と改めまし
      た。 その後、明治の廃仏毀釈で廃寺になりましたが明治12年
      (1879)再興されました。

    運慶作の本尊薬師如来、脇士の月光菩薩、日光菩薩及び
      弟子の湛慶作の毘沙門天、吉祥天女、他に海覚作の十二
      神将十体があり国の重要文化財となっています。鎌倉時代
      の仏像の宝庫といわれています。
 

    御本尊の真言: おん、ころころ、せんだり、まとうぎ、そわか
                 

    真言宗豊山派 開基/弘法大師   御本尊/薬師如来 

    敏達天皇(在位572〜585)の6年(577)百済から摂津
      四天王寺を建立するため仏師達が招かれ、帰国の途中
      暴風雨に遭い秋山の港に寄りました。
      この時、航海の安全を祈って薬師如来を刻み本尾山頂
      に安置しました。後に、弘法大師が訪れ薬師如来を本尊
      とし堂宇を建立、唐から持ち帰った五穀の種をまき、
      種間寺と号しました。そして第34番札所として定められ
      ました。
      天歴年間(947〜957)村上天皇(在位946〜967)が藤原
      信家を勅使として、「種間」の勅額を下向、江戸時代には
      藩主山内家の加護を受け栄えていますが、明治の廃仏
      毀釈で廃寺となり、明治13年(1880)に再興されています。

    田園の中にお寺があります。参道を上がりますと一番奥に
      本堂があり、手前右手に大師堂があります。本尊薬師如来
      は国の重要文化財となっています。
      本尊は「安産の薬師さん」として信仰が厚いそうです。
      

    御本尊の真言: おん、ころころ、せんだり、まとうぎ、そわか

    真言宗豊山派 開基/行基菩薩   御本尊/薬師如来 

    養老7年(723)行基菩薩が薬師如来を刻んで本尊とし、
      景山密院、釈本寺として開基しました。弘仁年間(810〜823)
      弘法大師が訪れ、北方の山中で修法を行い満願の日に金剛杖
      で大地を突くと清水が滝のように湧き出たので、医王山・
      清滝寺と改め、第三十五番札所として定められました。
      平城天皇(在位806〜809)の皇子高岳親王が薬子の乱に
      連座したとして皇太子の任を解かれ出家し、この地に逆修塔
      を建て唐へ向かい印度の天竺を目指しましたが途中で消息
      を絶たれました。この山の一角を「入らずの山」といわれる由縁
      です。
      その後、江戸時代に火災に遭いましたが藩主山内家により
      再建され、明治の廃仏毀釈で廃寺となり明治13年(1880)
      に再建されています。

    天井に龍の絵が描かれた山門をくぐり石段を上がると正面
      に本堂、左手に大師堂があり、境内に大きな薬師如来像が
      あります。中は戒壇めぐりができます。
      この寺は「高岡のお大師さん」とよばれ種間寺同様、安産祈
      願所であり、底の抜けた柄杓が奉納されています。
      又、境内からは土佐市内、仁淀川、春野町が見渡せます。

    御本尊の真言: おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

    真言宗豊山派 開基/弘法大師 御本尊/波切不動明王  

    弘法大師は唐の青龍寺で恵果(けいか)和上から真言密教
      の秘法を授かり後継者として真言第八祖となりました。
      和上への報恩のため和国で一寺を建立せんと唐から独鈷杵
      (どっこしょ)を投ぜられ、帰国後大師が四国巡錫(じゅんしゃく)
      中、この地で老松の木にとどまっている独鈷杵を見つけ、
      嵯峨天皇(在位809〜823)に奉上し、不動明王を刻み堂宇を
      建立して第三十六番札所として定められました。山号・寺号は
      この由来によるものです。
      その後、一時衰退しましたが藩主山内家の援助により正保年間
      (1644〜1648)に再建され、宝永4年(1707)の地震と津波で
      大きな被害を受けましたが江戸末期には再建されています。

    山門手前に恵果堂があり、山門をくぐり石段を上った左手に
      恵果和尚の墓があります。さらに石段を上がると正面に本堂、
      左手に大師堂があります。
      本尊不動明王は、唐からの帰国途中、嵐に遭い静めるため
      に祈ると不動明王が現れ波を切り開いたといわれています。
      その後、「波切り不動さん」として漁業関係者の信仰を集めて
      います。 又、本堂にある愛染明王像は鎌倉時代の作で、
      国の重要文化財となっています。

    御本尊の真言:  のうまく、さんまんだ、ばざらだん、
                  せんだまかろしゃだ、そはたや、うん、
                  たらた、かんまん

   真言宗智山派 開基/行基菩薩

   御本尊/阿弥陀如来、観世音菩薩、不動明王、薬師如来、
          地蔵菩薩

    天平年間(729〜748)聖武天皇(在位724〜749)の勅願に
      より行基菩薩が仁井田(にいだ)に7ヶ寺を建立し、その根本
      寺として福円満寺がありました。
      その後、弘法大師が弘仁年間(810〜823)にこの地を訪れ
      星供秘法を修ぜられ、5社、5ヶ寺を増築して仁井田5社、
      12福寺といわれていました。そして福円満寺を改め藤井寺
      とし、第三十七番札所として定められました。
      5ヶ寺を増築したときに大師がそれぞれご本尊を刻まれたため、
      岩本寺にはご本尊が5体安置されています。
      その後、天平年間(1573〜1593)に兵火に遭い焼失しました
      が、金剛福寺の尊海法親王により岩本寺として再興されて
      います。明治の廃仏毀釈で廃寺になりましたが明治23年
      (1890)再興されています。

   山門をくぐると右手奥に本堂、手前に大師堂があります。
     本堂は昭和53年(1978)に建てられ天井には全国から公募し
     た575枚の絵がはめ込まれています。花鳥風月、動物画、
     生物画など楽しませてくれます。
     本尊は88ヶ所中ここだけが5体安置されています。
     又、三度栗、子安桜、戸たてずの庄屋、尻なし貝、筆草、
     口なし蛙、桜貝の7つの伝説があります。

   御本尊の真言: なむ、ほんぞん、かいえ、かん (略形式)


   真言宗豊山派 開基/弘法大師   御本尊/三面千手観世音菩薩 

   嵯峨天皇(在位809〜823)の勅願により弘仁13年(822)
     弘法大師がこの地を訪れ、本尊三面千手観世音菩薩を刻み、
     堂宇を建立して月輪山・金剛福寺として第三十八番札所に定
     められました。
     その後、代々の天皇家、武将達の庇護を受け土佐最大の大寺院
     となりました。又、江戸時代一時荒廃していましたが藩主山内家
     が再興し、明治の廃仏毀釈以降にも再建され現在に至っています。

   金剛福寺は四国の最南端、足摺岬にあり険しい場所になって
     います。山門を入り石段を上がると正面に本堂、左手に真新しい
     大師堂があります。右手には多宝塔があります。
     大師七不思議(亀石、竜燈の松、ゆるぎ石、刀の石、竜の駒、
     名号の岩、亀呼び場)が寺の内外にあります。
     寺宝の「高野大師行状図画」は弘法大師の一生を十巻の絵巻
     にしたもので五巻残っています。

   御本尊の真言: おん、ざばら、たらま、きりく


   真言宗智山派 開基/行基菩薩    御本尊/薬師如来 

   聖武天皇(在位724〜749)の勅願により神亀元年(724)
     行基菩薩が薬師如来を刻んで堂宇を建立しました。
     薬師如来の瑞相にちなんで亀鶴山・施薬院・宝光寺と名付けま
     した。
     延歴14年(759)、弘法大師がこの地を訪れ日光月光の両菩薩
     を刻んで脇士とし堂宇を整備して第三十九番札所として定めら
     れました。
     その後、延喜11年(911)赤亀が梵鐘を背負い寺の近くに泳ぎ
     着いたので現在の山号・寺号・院号に改めました。
     この梵鐘は延喜11年(911)の刻印があり国の重要文化財とな
     っています。その後衰退し明治の廃仏毀釈以降に再建されました。

   仁王門を入ると鐘を背負った亀の石像があります。右手に本堂、
     奥に大師堂があります。本堂の右横に「目洗いの井戸」があり、
     これは弘法大師が里人が飲み水に困っているのを知り、錫杖で
     地面を突き霊水が湧き出たものです。眼病に効くといわれています。
  

   御本尊の真言: おん、ころころ、せんだり、まとうぎ、そわか