讃岐の国前半の札所の紹介

帰宅後、各札所に就いて色々な人に教えて頂いたことや、その他の情報を以下のように纏めてみました。

  (うんぺんじ)

   真言宗御室派 開基/弘法大師  御本尊/千手観音菩薩

   延歴8年(789年)、寺の建築用資材を求めて雲辺寺山に登られた
     弘法大師が、山の趣に神韻を感じられ、この地こそ霊山なりと、
     山頂近くに堂宇を建立したのがはじまりと言われています。
     それから十数年後に、嵯峨天皇の勅願を奉じて再び登山した大師
     が、ここを札所に定められました。
     天正年間に長宗我部の兵火に遭って焼失しましたが、後年に阿波
     藩主蜂須賀家の保護を得て再建したと言われている。
 
   標高927mにある雲辺寺は札所の中で最も高所にある。
     「四国高野」とも呼ばれ「へんろころがし」の急な坂道は健脚で登り
     に2時間もかかる最大の難所である。 急な下りも大変である。
     健脚でない方はロープウェイを利用することが出来ます。

   御本尊の真言: おん ばざら たらま きりく


(たいこうじ)

   真言宗大覚寺派 開基/弘法大師   御本尊/薬師如来

   弘仁13年(822年)、嵯峨天皇の勅願を奉じた弘法大師が、
     熊野三所権現を勧請して、権現鎮守の霊場として開創しました。
     天正年間の兵火でほとんどの堂宇は焼失し、現在の本堂は
     慶長年間に再建されたものです。
       
   運慶の作と伝えられる仁王様を配する仁王門をくぐると高い石段が
      あって、石段の下の右側にある大樟の木は、弘法大師のお手植え
      と伝えられてる樹齢は1200年を超えるという。
      

   御本尊の真言: おん ころころ せんだり まとぅぎ そわか

(じんねいん)

   真言宗大覚寺派 開基/日証上人    御本尊/阿弥陀如来

   奈良時代、日証上人がこの地に来られた時、海のかなたに七色
     の雲がたなびき、浜べの船の中から琴の音が聞こえてきました。
     たずねましたところ、船の中から「これ宇佐八幡大菩薩なり、我れ
     当山の霊峰に留まらんとす」とのお告げがありました。そこで上人
     は四国中より穢れなき童を集め、船を山の上に引き上げ、琴ととも
     にお祀りしたのが神恵院のはじまりで、山号を琴引山と号するよう
     になりました。

    琴弾山(ことひき)の中腹にたつ神恵院と観音寺は一つの境内に
      二つの札所 がある一寺二札所の非常に珍しい構えになっている。
      納経所は観音寺の札所も兼ねているため、二札所の納経が一緒
      に出来る。

   御本尊の真言: おん あみりた ていせい からうん

(かんのんじ)

   真言宗大覚寺派 開基/弘法大師  御本尊/聖観世音菩薩  

   巡錫の折、琴弾山の八幡宮に詣でられた弘法大師は、お告げをいた
     だかんとして阿弥陀様を描かれ、68番を定めると共に聖観音を刻ま
     れ、観音寺を建立されました。その時、境内に七つの宝を埋められ
     たところから山号を七宝山と号するようになったものです。

   神恵院(じんねいん)から石段を下れば観音寺で同じ境内にある。
     朱塗りの本堂は金堂とも呼ばれ、室町時代初期の建築で国の
     重要文化財であるという。

   御本尊の真言:  おん あろりきゃ そわか

(やまもとじ)

   真言宗高野派 開基/弘法大師   御本尊/馬頭観音

   奈良時代、平城天皇の勅願により、弘法大師が創建されたお寺です。
     昔は七堂伽藍が備わり、2,000石を領する大きいお寺でした。
     四国のお寺は戦国時代、長宗我部の戦乱のためほとんど焼かれて
     しまいましたが、この本山寺は平地にあるのに不思議に焼け残り
     ました。
     言い伝えによりますと、長宗我部の兵が本山寺を焼き払わんとしたと
     ころ、蜂の大軍が襲いかかり、長宗我部軍を追い払ったそうです。
     本堂は今から1170年前の大同2年(807年)、弘法大師が―夜のうちに
     建立されたと伝えられ、国宝に指定されていますが、松山の52番
     太山寺の本堂と並ぶ大変立派なものです。

   遠くからでも田園風景の中に五重塔を見ることができ、たどり着く
     仁王門は国の重要文化財である。
     本堂は正安2年(1300)の建立で、外観は京風・内部は奈良風の
     鎌倉時代の折衷様式で、国宝に指定されている。

   御本尊の真言: おん あみりと どはんば うん はった そわか


(いりやじ)

   真言宗善通寺派 開基/行基   御本尊/千手観音菩薩
 

   行基菩薩の開いたお寺で、弘法大師のご学問所として有名です。
     弘法大師は讃岐の国の生まれですが、幼少の頃に弥谷寺で勉強
     されました。唐の国から帰られて後、再び弥谷寺に登山され、
     修業されましたが、その時、五柄の剣が天から降ってきました。
     大師は「願わくば千手大悲の像を造り、伽藍を再興して法門を開き、
     衆生を救わん」と誓われ、千手観音の像を造られたと伝えられてい
     ます。

   大師堂は岩壁に埋め込まれたように建っていて、本堂は大師堂
     からさらに170段の石段を登らなければいけない。
     近くの岩壁には阿弥陀三尊などが刻まれていて、弘法大師が刻ん
     だものという。
   御本尊の真言: おん ばざら たらまきりく

(まんだらじ)

   真言宗善通寺派 開基/行基    御本尊/大日如来 

   弘法大師が唐の国に渡られ、日本へ帰って後、お母さんの菩提の
     ため、唐の国の青龍寺にならって建てたのが曼荼羅寺です。
     境内には弘法大師お手植えの不老松がありますが、周囲60mもある
     見事な松です。


   曼荼羅寺は推古天皇4年(596)に、弘法大師の祖先である佐伯氏の
     氏寺として創建された。また、境内には西行法師ゆかりの「昼寝石」
     「笠掛桜」がある。

   御本尊の真言: おん あびらうんけん ばざら だどばん

(しゅつしゃかじ)

  真言宗御室派 開基/弘法大師    御本尊/釈迦如来 

  弘法大師のご和讃に「御年七つのその時に 衆生の為に身を捨てて
    五つの嶽に立つ雲の たつる誓いぞ頼もしき」とあります。
    弘法大師は不思議な仏の力に喜び、ありがたい霊験を後の世に伝え
    ようと、釈迦如来を祀られたのが出釈迦寺です。ですから出釈迦寺の
    奥の院、捨身ケ嶽(481m)は弘法大師の衆生済度の根本道場です。

  この寺の背後に聳える我拝師山は7歳の弘法大師が山頂から身を投
    げて仏道の成就の可否を問うたという伝説がある。

  御本尊の真言: おん あびらうんけん ばざら だどばん

                 

(こうやまじ)

  真言宗善通寺派  開基/聖武天皇   御本尊/薬師如来 

  昔、弘法大師が四国を廻られた時、一人の老人が現れ「私は昔から
    この地にいて、人々のため福徳を与え、仏法を広めてきた。
    ぜひお堂をこの地に建てるとよい。私がそれを守るであろう」と言い
    ました。
    そのお告げにより建てられたのが甲山寺です。
   
  その後、弘法大師は満濃池の大工事を行われましたが、大変な難工事
    でした。そこで大師は甲山寺に詣り、薬師如来を刻み、工事の成功を祈
    られましたところ、たちまち満濃池は完成したそうです。
    そのお礼に伽藍を建立し、薬師如来を祀り、医王山と号しました。
    その時、山の形が甲に似ているところから甲山寺と称したそうです。

  御本尊の真言: おん ころころ せんだり まとぅぎ そわか

                

(ぜんつうじ)

  真言宗善通寺派総本山  開基/弘法大師    御本尊/薬師如来 

  弘法大師誕生の所であり、大師自ら建立されたお寺です。
    大師は奈良時代の宝亀5年6月15日、今から1200年ほど前に生
    れました。
    後、唐に渡って勉強し、日本に帰ってから唐の青龍寺にならって建てら
    れたのが善通寺で、大師のお父さんの名前、佐伯善通から善通寺と名
    づけられたものです。

  善通寺市は弘法大師の生誕の地であると共に真言宗善通寺派の
    総本山。高野山・東寺とともに大師三大霊場の一つである。
    広大な境内は、伽藍と呼ばれる東院と誕生院と呼ばれる西院に分かれる。

  御本尊の真言: おん ころころ せんだり まとぅぎ そわか


                 

(こんぞうじ)

  天台宗  開基/和気道善   御本尊/薬師如来 

  宝亀5年(774年)、和気道善という長者が開創し、のちに唐から帰朝
     した大師が、先祖の菩提のために伽藍を造営し、薬師如来を刻んで
     本尊としました。
   
  四国霊場88の寺院は、今から1200年の昔、弘法大師が開いたと伝え
    られているのでほとんどのお寺が真言宗です。
    然しこの七十六番金倉寺は京都の比叡山延暦寺を本山とする天台宗
    です。 金倉寺は弘法大師の甥にあたる、智証大師の生れた所です。

  御本尊の真言: おん ころころ せんだり まとぅぎ そわか


                 

(どうりゅうじ)

  真言宗醍醐派  開基/和気道隆    御本尊/薬師如来 

  昔、和気道隆という長者の桑畑に桑の大木がありました。
    その桑の木の梢に不思議な光が現われましたので、道隆はその桑の
    木を切り、お薬師さんを刻んでお祀りしたのが、本尊の薬師如来で、
    それを安置するために堂宇を建立したのがこの寺のはじまりです。
  県道沿いにあり、本堂・大師堂・鐘楼・妙見院などの伽藍がならぶ。
    寺宝に重要文化財の星曼荼羅図、伝弘法大師筆の五大尊画像、
    智証大師作の五大尊像がある。

  御本尊の真言: おん ころころ せんだり まとぅぎ そわか


                 

(ごんしょうじ)

  時宗  開基/行基   御本尊/阿弥陀如来

  四国88ヶ所の中では珍しい時宗のお寺です。神亀2年(725年)に行基
    上人が開創されました。昔から念仏の道場として知られ、お寺の名前も
    道場寺とよばれていましたが、時宗を開いた一遍上人が立ち寄られ、
    伽藍を再建し、名前を郷照寺と改められました。
    現在は厄除けの寺として知られています。

  本堂は江戸初期に再興されたもので、屋根の形は東大寺など奈良の
    寺院に見られる奈良様式の造り。
    境内からは瀬戸大橋を眺めることができる、札所中唯一の時宗の寺で
    ある。

  御本尊の真言: おん あみりた ていせい からうん